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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)11327号 判決 1968年3月25日

原告 篠統一郎

右訴訟代理人弁護士 大森正樹

被告 株式会社百足屋商店

右代表者代表取締役 中田繁夫

<ほか五名>

以上被告等六名

訴訟代理人弁護士 山田重雄

同 田中仙吉

同 藤田信祐

主文

一、被告株式会社百足屋商店は、

(一)  原告から金三四〇、〇〇〇円の支払を受けるのと引換に、原告に対し別紙第二目録記載の建物の占有権を譲渡する旨の意思表示および被告大野清太郎、同大野春子に対し以後は原告のため同建物を占有すべき旨の通知を、

(二)  原告から金六〇七、〇〇〇円の支払を受けるのと引換に、原告に対し別紙第三目録記載の建物の占有権を譲渡する旨の意思表示および被告金子勇次郎に対し以後は原告のため同建物を占有すべき旨の通知を

(三)  原告に対し昭和三七年一一月一日から、別紙第二目録記載の建物の引渡済みに至るまでは一ヶ月金四六九円五六銭の割合による、別紙第三目録記載の建物の引渡済みに至るまでは一ヶ月金八八一円四三銭の割合による、各金員の支払を

それぞれせよ。

二、被告井口高治は原告に対し、

(一)  金四一六、〇〇〇円の支払を受けるのと引換に、別紙第四目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和三七年一一月一日から右明渡済みに至るまで一ヶ月金二四〇円五〇銭の割合による金員の支払を

(二)  別紙第一目録二(イ)(2)記載の土地を同土地上に存在する花壇を撤去して明渡し、かつ、昭和三七年一一月一日から右明渡済みに至るまで一ヶ月金五九円四九銭の割合による金員の支払を

それぞれせよ。

三、被告金子きみは原告に対し、別紙第五目録記載の建物を収去して同第一目録二(ロ)記載の土地を明渡し、かつ昭和三七年一一月一日から右明渡済みに至るまで一ヶ月金九七円五〇銭の割合による金員の支払をせよ。

四、被告金子勇次郎は原告に対し、別紙第五目録記載の建物から退去して同第一目録二(ロ)記載の土地を明渡し、かつ金二八、三九〇円の支払をせよ。

五、被告大野清太郎は原告に対し、別紙第二目録二(ハ)(2)記載の土地の占有権を譲渡する旨の意思表示をせよ。

六、原告のその余の請求をいずれも棄却する。

七、訴訟費用は、原告と被告大野春子との間では全部原告の負担とし、原告と被告金子きみとの間では原告に生じた費用の九分の二を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告とその余の被告らとの間では原告に生じた費用の三分の二をその余の被告らの負担、その余は各自の負担とする。

八、この判決のうち第四項の金員の支払を命じる部分は仮に執行することができる。

事実

第一求める裁判

一  原告

(一)  主位的請求

1 被告株式会社百足屋商店は原告に対し、別紙第二、第三目録記載の各建物を収去して、同第一目録二(ハ)(1)(2)記載の土地を明渡し、かつ昭和三七年一一月一日から右明渡済みに至るまで一ヶ月金一、三五〇円の割合による金員を支払え。

2 被告井口高治は原告に対し、別紙第四目録記載の建物を収去して、同第一目録二(イ)(1)(2)記載の土地を明渡し、かつ昭和三七年一一月一日から右明渡済みに至るまで一ヶ月金三〇〇円の割合による金員を支払え。

3 被告金子きみは原告に対し、別紙第五目録記載の建物を収去して別紙第一目録二(ロ)記載の土地を明渡し、かつ昭和三七年一一月一日から右明渡済みに至るまで一ヶ月金一五〇円の割合による金員を支払え。

4 被告金子勇次郎は原告に対し、別紙第三、第五目録記載の各建物から退去して別紙第一目録二(ハ)(1)および同(ロ)記載の各土地を明渡し、かつ昭和三六年六月一日から昭和三七年一〇月三一日まで一ヶ月金一、六七〇円の割合による金員を支払え。

5 被告大野清太郎、同大野春子はそれぞれ原告に対し、別紙第二目録記載の建物から退去して、同目録二(ハ)(1)(2)記載の土地を明渡せ。

6 訴訟費用は被告らの負担とする。

7 この判決は仮に執行することができる。

(二)  予備的請求

1 被告株式会社百足屋商店、同大野清太郎、同大野春子はそれぞれ原告に対し、別紙第一目録二(ハ)(2)記載の土地上に存在する別紙第二目録記載の建物部分を収去して、同土地を明渡せ。

2 被告井口高治は原告に対し、別紙第一目録二(イ)(2)記載の土地上にある花壇を撤去して、同土地を明渡せ。

二  被告ら

1  原告の各請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一、第五建物の所有者ならびにその敷地の転貸借の成否

(一)  原告主張の主位的請求原因事実は、第五建物の所有者が被告きみであるか否か、したがってその敷地である本件(ロ)土地について転貸借がなされたか否かの点および被告勇次郎から被告会社へ本件(ハ)(1)土地の賃借権の譲渡もしくは転貸があったかの点を除き当事者間に争いがない。

(二)  ≪証拠省略≫を総合すれば、第五建物は被告きみ、同勇次郎両名の母親が遅くも昭和三〇年ごろまでの間に、それまで存在した第三建物の附属物置を改築して建てたもので、その後、遅くも昭和三三年一一月二七日の保存登記のころまでにこれを娘である被告きみに贈与し、同被告名義で右保存登記をなさしめたものであり(登記の点は被告らの自認するところである)その母もすでに昭和三六年八月に死亡していること、被告勇次郎は右建物の建築に関与していないし、建築されたことも後日になって知ったことが認められ、この認定を左右するだけの証拠はない。

右の事実によれば第五建物は被告きみの所有であり、被告勇次郎ないし同被告とその母の共有でないことは明らかである。そして第五建物が右のとおり被告きみの所有であるならば、特段の事情がないかぎりその敷地である本件(ロ)土地は被告勇次郎が被告きみに無償で転貸しているものと推認して妨げない。後記四(一)で認定するとおり被告勇次郎は母が第五建物を建築所有したことを容認しているがその敷地の借地権を譲渡するとかその地代を建物所有者である母から収受している形跡は認められない。

二、被告会社関係の転貸およびこれに関する抗弁(買取請求を除く)について、

(一)  第二第三建物が、被告会社の所有であることは当事者間に争いがないところであるが被告らは、本件(ハ)(1)土地上の第二第三建物は譲渡担保として被告勇次郎から被告会社へ譲渡されているにすぎないから、民法六一二条に基づく解除権は発生しないと主張し、被告金子勇次郎本人、同会社代表者各尋問の結果中には、右各建物の所有権移転は譲渡担保の趣旨でなされたものである旨の供述もないではない。

しかし、≪証拠省略≫を総合すると、

1  被告勇次郎は被告会社と砂糖の取引を継続して行くため昭和二七年一一月ごろその所有であった第二、第三建物に被告会社のため極度額五〇万円の根抵当権を設定したが、同会社に対する砂糖の買掛金債務は昭和二八年九月ごろまでに金七〇万円程度に達し、倒産するに至った。そこで被告会社は、右根抵当権の実行に代えて右各建物の所有権を取得しようと被告勇次郎と折衝し、遅くも、昭和二八年九月七日被告勇次郎から被告会社へ右建物の所有権移軽登記がなされた時までには両者の間で被告勇次郎は引続いて無償で第三建物に居住できること、第二、第三建物の敷地部分に相当する地代は被告勇次郎の負担とし、同被告は従前どおり第二建物の家賃を徴収してその支払に当てることができることを骨子として、右各建物を被告会社の所有に帰せしめる合意が成立した。しかし、両者の間で、被告勇次郎が右建物の所有権を再び譲り受けるための具体的な要件、手続など、いわゆる譲渡担保契約の内容をなすべき具体的な取り決めはなんらなされておらず、被告勇次郎が幾何の金額を提供すれば被告会社の承諾なしに右各建物の所有権を取り戻し得るのか、十余年を経過した今日でも未だに右当事者間においてすら明確でない。

2  かえって被告会社第二、第三建物を取毀してその跡に鉄筋三階建マーケットを建築する計画を樹て、昭和三七年一〇月一九日ごろ原告に対し同計画の実施に伴う土地利用の問題で折衝を申し入れている。また、原告から出された第二、第三建物の収去要求に対する回答書でも右建物の所有権取得の事情について、砂糖代金の返済が不可能なことが明確になったので形式上は売買、実質的には根抵当権の実行として建物の所有権を取得したものである旨の説明をしている。

との事実を認定でき、これを左右する証拠はない。

右の事実に照せば本件(ハ)(1)土地は、第二、第三建物の譲渡に伴い被告勇次郎が被告会社に転貸したものと認めるのが相当であり、被告会社の譲渡担保契約成立の主張にそう≪証拠省略≫は、にわかに措信し難いものがあり、第二、第三建物を被告勇次郎に売戻す意思があるかの如き被告会社代表者の供述部分も、その前提として被告会社が売戻しに応諾できるだけの金額の支払が必要である旨の同代表者の供述部分に照らせば単なる再売買の可能性について言及しているものとしか解されず、とうてい被告ら主張の譲渡担保契約の成立を認定する資料とするに足らず、他にその主張を認めるに足る的確な証拠はない。よって譲渡担保を前提とする抗弁は採用できない。

(二)  次に黙示の承諾の有無につき検討する。

≪証拠省略≫によれば、第二、第三建物が被告会社の所有に帰する以前に、被告勇次郎は自分の債務の弁済資金を調達する意図で原告に右各建物の買取をしょうようしたことがあり、その話合の過程で、これら建物が被告会社の根抵当権の目的となっていることを原告に説明したことがあること、しかし被告勇次郎としてはその当時、これら建物を被告会社に譲渡する考であることまでは明言していないことが認められる。

ところで、≪証拠省略≫を総合すると、第二建物の賃借人である被告大野春子の夫すなわち被告清太郎が原告に断りなくその敷地の先にある本件(ハ)(2)土地(被告勇次郎も賃借していない土地)上に第二建物を拡張(増築)し簡易な店舗となしたことが原告に判明し、この所為について、原告は昭和三〇年六月ごろ被告清太郎および被告勇次郎を激しく叱責したのに対し、被告勇次郎は被告清太郎と共に陳謝の意を表したがその際原告に差し入れた確約書には自分が右建物の所有者で、被告大野へ賃貸しているものである旨を記載しており、当時すでに右建物は被告会社に譲渡され、所有権移転登記も了えている事実については全く触れておらず、むしろ自分の貸家に入居している店子の不始末について家主として店子と共に詑びる態度をとって、建物譲渡の事実を隠蔽していること、そして原告は被告大野の右土地の無断使用について被告勇次郎に責任の一端を負わせこそすれ、被告勇次郎が右建物の所有者(賃貸人)と称していることになんら不審の念を示していないことが認められ、反対の証拠はない。ここに認定した事実とくに被告勇次郎が家主として店子である被告大野の不始末を詑びる態度をとり、意識的に建物譲渡の事実を秘し、依然として自分がその所有者、賃貸人であると振舞うことによって建物の所有者に関する原告の誤信を助長した形跡さえうかがわれることにかんがみれば、先に認定したような被告勇次郎と原告との間に建物売却の交渉などがあった一事をもって直ちに、原告が被告会社の建物取得したがってその敷地の転貸の事実を了知していたものと推断することはできない。かえって右認定の事実のほか≪証拠省略≫を総合すると原告は昭和三六年五、六月ごろはじめて本件土地について転貸が行われている事実をうすうす察知し、同年六月分の地代から受領を拒否するに至ったこと、そして遅くも昭和三七年一〇月ごろには被告会社から前記二(一)2で認定したような鉄筋三階建のマーケット建築計画に伴う土地利用方法の協議の申出を受け、急ぎ被告勇次郎に対し賃貸借契約解除の意思表示をなすに至ったことが認められ、反対の証拠はない。

してみると原告が本件(ハ)(1)土地の転貸の事実を知りながら被告勇次郎から地代を領収していたとはとうてい認められないから被告らの主張する黙示の承諾の抗弁はその余の事実の存否を確定するまでもなく採用できないものである。

(三)  さらに被告らは、被告勇次郎と被告会社との右転貸借は原告に解除権を生ぜしめるような背信的な行為ではないし、仮に解除権の発生は認められるとしても権利失効の法理によって解除権は消滅したと主張する。

しかし第二、第三建物の譲渡が被告ら主張のような譲渡担保の状態にとどまっているものと認められないことすでに認定したごとくであり、原告が右各建物の譲渡の事実を知りながらあえてその敷地の地代を収受していたとは認められずかえって被告勇次郎に右譲渡の事実を隠蔽するがごとき所為さえあったこと前示のとおりであるから、これらの事実を考慮するならば被告ら主張のように本件土地上の建物の存在そのものには右譲渡の前後を通じて変動は生じて居らず、かつ建物の居住者にも異動はないとしても、これをもって被告勇次郎から被告会社への敷地の転貸が民法六一二条の解除原因に該当しないものとは未だ認めることができず、被告らの解除権失効の抗弁も、右のとおりその前提となる主要な事実についてその存在を認めることができないから採用の余地はない。

三、被告井口関係の抗弁(買取請求を除く)について

(一)  被告井口の本件(イ)(1)土地転借について原告の承諾を得たか否かについて、被告勇次郎、同井口高治各本人尋問の結果には、これを肯定する供述もあり、被告らは原告が右転借について承諾を与えていたので被告井口の第四建物の表示の登記について便宜を供与したと主張する。

しかし≪証拠省略≫によれば、第四建物が被告井口名義で所有権保存登記されたのは昭和三九年二月二六日であって乙八号証の家屋台帳登録証明書の発行日附とは十余年も距っているし、右保存登記自体は原告を債権者とする処分禁止の仮処分決定を登記簿に記載するため職権でなされたものであって被告井口の申請によるものではないうえ、その表題部分の建物の構造表示は右乙第八号証のそれとは符合していないことが認められ、反対の証拠はない。この事実および被告勇次郎が同一借地内の第二建物について譲渡の事実を作為的に原告に秘匿してきた前示の経緯ならびに承諾を否定する原告本人尋問の結果に照せば、被告井口の転借について原告から承諾を得た旨の前掲各本人の供述をもって承諾の事実を認めるには未だ十分でなく≪証拠省略≫も未だ被告らの主張事実を推認せしめるに至らず、他に右承諾の事実を直接立証する証拠はもとより、被告井口が第四建物を買受け、したがってその敷地を転借してから十余年を経過するというのに、原告が右転貸借を許諾したことを推認させる徴表を認定できる的確な証拠もない。

(二)  次に解除権の時効消滅の抗弁について判断するに、被告井口への転貸が昭和二五年六月ごろからなされていることは≪証拠省略≫によって明らかなところであり、反対の証拠はない。

しかし無断転貸が継続している間は、賃貸借当事者間の継続的信頼関係は賃借人によって不断に破壊されているわけであるから、賃貸人は賃借人のかかる継続している背信行為すなわち無断転貸借を任意の時点でとらえて、その時点における転貸すなわち貸主に無断で賃借物を第三者に使用収益させている所為を理由に民法六一二条によって賃貸借契約を解除(告知)できるものと解するのが相当であり、賃貸人において必ず転貸が開始された時を探究し主張・立証しなければ解除権を行使し得ない性質のものと解しなければならない合理的な理由はない。換言すれば、転貸はそれがいわゆる背信的な性質のものであるかぎり、不断に継続して賃貸借の信頼関係を破壊している一連の所為であるから転貸の継続する間は、賃貸人の許に、これを理由とする解除権が不断に発生しているものと解するのが相当である(むしろ無断転貸を理由とする解除権は、転貸開始の瞬間に発生するというより、転貸が相当期間継続することが必要であり賃借人が転貸を短時日のうちに解消せしめた場合特段の事情がないかぎり民法六一二条の解除権は未だ発生しないものと解すべきであろう。)。したがって、原告が賃貸借契約解除(告知)の意思表示をなした昭和三七年一〇月三一日当時はもちろんその日から遡って一〇年の間もなお被告勇次郎の被告井口に対する転貸が継続していたことは、当事者間に争いのない事実および弁論の全趣旨に照らして明白な本件では、原告の右転貸を理由とする解除権は未だ時効によって消滅すべき筋合のものではない。

被告らの消滅時効の主張は、転貸が開始された瞬間のみに解除権の発生を限定することになり、民法六一二条が賃貸人に解除権を与えた理由にそぐわないものであるから採用できない。

四、被告きみ関係の抗弁(買取請求を除く)について

(一)  第五建物が被告きみの所有であることは前記一(二)で認定したとおりであるが、被告らは右建物の敷地である本件(ロ)土地の転貸について原告の承諾があったと主張する。

しかし、先に認定(一、(二))したように第五建物は被告きみ、同勇次郎両名の母が建築したものであるが、被告勇次郎本人尋問の結果によると、右建築の動機は、被告勇次郎の倒産によって窮迫した家計を維持するため、家賃収入を得ようと図ってのことであること、被告勇次郎も建築当時は他所に居住していたので、母が建築したことをしばらくの間知らなかったこと、原告は第五建物が建築されたことを建築の数ヶ月後に知り、これを被告勇次郎の所為と誤って、同被告を呼びつけて無断建築を厳しく非難したこと、当時右建物は未登記であり、被告勇次郎はこれが被告きみに贈与されるものとは知らなかったので、ただひたすら、母が生活の資を得る計画で建築したものであるから、年寄りに免じて勘弁してもらいたい旨を懇願し、原告もあえてそれ以上の行為に出ることなく、けっきょく被告勇次郎の右釈明をもって了承したことが認定でき、反対の証拠はない。

右認定のとおり、当時原告は、第五建物の所有者が被告きみであることもしくは贈与によって被告きみの所有になるべきことを認識していたとはとうてい考えられないから、同建物の敷地である本件(二)(ロ)土地の被告きみへの転貸について原告の承諾が当時あった旨の被告勇次郎の供述は措信できず、他に被告ら主張の事実を認めるに足る証拠はない。

(二)  もっとも右に認定したところから明らかなように、原告は被告勇次郎の母が本件(ロ)土地に第五建物を建築、所有するに至ったことしたがって被告勇次郎が同土地を母に転貸する形になったことを知りながら、被告勇次郎の懇願を容れて、敷地の転貸については不問に附したのであるから、黙示的に母への転貸は承諾したものと認めるのが相当であり、母から同建物を贈与された被告きみもまた贈与者の娘であり、相続人でもあったことを斟酌すると、形式的には被告勇次郎から被告きみへ本件(二)(ロ)土地の転貸が原告の承諾なく行われていても、そのことだけでは未だ賃貸借契約解除の原因となすに十分とは言えない。言い換えれば被告きみに対する無断転貸は被告勇次郎の各転貸行為の中からこれだけを抽出してみるならば、なるほど背信的因子の稀薄な所為というべきである。

(三)  しかしながら、原告は本件(ロ)土地を含む賃貸土地全部について、賃貸借契約の解除を主張するものであって、その解除の原因とするところはすでに判断したとおり、本件(ハ)(1)土地の被告会社への転貸および本件(イ)(1)土地の被告井口への転貸をも包含するものであり、残る本件(ロ)土地も背信的因子は稀薄であるとはいえ、けっきょくこれも無断転貸し、賃借土地全部を三分し三被告にそれぞれ無断転貸していることを考慮するときは、右解除権は本件(ロ)土地の転貸を含む賃借地各部分の無断転貸によって発生しその行使は賃借地全部について効力を生じるものと解するのが相当であり、本件(ロ)土地について無断転貸を否定し、かつ解除の範囲からこれを除外すべき事由は見出し得ない。

五、買取請求について、

(一)  1、被告勇次郎がその所有である第二、第三建物を遅くも昭和二八年九月七日の所有権移転登記の時までには被告会社に譲渡していること、しかし原告は右建物の譲渡に伴う敷地(本件(ロ)および(ハ)(1)土地)の転貸を承諾せず、被告会社には右敷地の占有権原が認められないこと前示のとおりである。

そうすると、被告会社が借地法一〇条に定める右建物の買取請求権を有することは明らかであるから、同被告が第二、第三建物の買取を請求した日であること記録上明らかな昭和四〇年四月二四日に第二、第三建物を原告は時価で取得し、同被告に対し、右代金を支払うべき義務を負うに至ったものであり、右代金の支払義務と被告会社の右建物の引渡義務とは同時履行の関係に立つものであるから、同被告の同時履行の抗弁は理由がある。

2、そこで右買取代金額の認定に先立って、第二、第三建物について原告に対抗できる借家権が存したか否かについて判断する。

(1)  まず第二建物についてみると、≪証拠省略≫によれば、同建物は、被告春子が昭和八年三月三一日、その当時の所有者であった金子三次郎(被告勇次郎の先代)から賃借し、その引渡を受け、夫の被告清太郎と共に居住しているものであり、右建物賃借人の地位は、その後被告勇次郎を経て被告会社へ承継され、昭和四〇年六月当時の家賃は一ヶ月金三、〇〇〇円であったことが認められ、反対の証拠はない。

そうすると、被告会社の本訴における買取請求権の行使によって右建物賃貸人の地位はさらに被告会社から原告へ移転し、被告春子は右借家権をもって原告に対抗できることになり、また被告清太郎も被告春子の配偶者として右借家権を援用できるものである。

したがって、原告が被告会社の買取請求によって取得した第二建物の時価を算定するに当っては、右借家権の存在も考慮すべきものである。

(2)  次に第三建物について借家権の存否をみるに、≪証拠省略≫を総合すると、被告会社は被告勇次郎から第三建物を取得したけれども、当初は、前記二(一)1ですでに認定したように、被告勇次郎に無償で使用することを許し、同被告は右建物に従前から居住していたので、被告会社のためには占有改定の方法により、被告勇次郎自身はそのまま直接占有を継続し、引き続いて同建物に居住してきたが、昭和三六、七年ごろ被告会社が経理面について税務職員の調査を受け、右の無償使用のままでは、社員である被告勇次郎に対する現物給与と認めて相当の処置を採らざるを得ない旨の指摘を受け、これを免れるため、被告会社と被告勇次郎との間で、あらためて賃料の約束を交し、昭和三六、七年ごろから家賃として一ヶ月金三、〇〇〇円が授受されるようになった。との事実を認めることができ、反対の証拠はない。

これによれば、被告勇次郎は昭和三六、七年ごろから第三建物を賃借し、引渡を受けているものであり、他に格別の主張立証はないから、右賃貸人の地位は、被告会社の買取請求権の行使によって原告が承継したことになり、被告勇次郎は右借家権を原告に対抗できることになる。

3 ところで、原告は、第二建物の一部(本件(ハ)(2)土地上に存在する部分)は被告会社、被告清太郎、同春子の三名によって増築されたものであると主張する。そして≪証拠省略≫を総合すれば、被告清太郎は賃借中の第二建物の内川越街道に面した店舗部分の南端を、昭和三〇年六月ごろ、商品陳列台一台分ほど拡張するための若干の増築工事をなしたがこれによって第二建物の店舗部分南端の一部が本件(ハ)(2)土地上に存在することになった。原告はこの事実をやがて知り、借地人である被告勇次郎(原告の認識によれば同被告は当時も第二建物の所有者である)および借家人の夫である被告清太郎を呼びつけ、前記二(三)で認定したように、賃貸土地に含まれていない本件(ハ)(2)土地上に右増築部分がかかっていることを指摘し、両名の不誠実を厳しく叱責したけれども、両被告が連名で陳謝状を差し入れたので、怒りを解き、原告の要求があり次第いつでも明渡す約束で両被告に対し右増築部分の存続を許容した。

との事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

そして、右越境増築部分が従前の建物と主従の関係にはなく構造上一体化したものであり、これを含めて一箇の建物と認められることは≪証拠省略≫から十分に推測できるところ、右増築部分だけで経済的にみて独立の建物と同視できる程度の効用があることおよび当時の第二建物の所有者である被告会社が右増築について承諾を与えたことについては、全く主張、立証がない。

してみると、第二建物のうち本件(ハ)(2)土地上に存する部分すなわち陳列台約一台分を収納できる程度の増築部分は第二建物に附合し、被告会社の所有に帰したものと認められるが、同増加部分は適法な借地権者が借地上に附属せしめた物とはただちには言えないことになる。

しかしながら、右増築部分は極めて僅少であり、この程度の増築によって、とくに原告の買取代金額の負担を増大せしめるものではなく、その取毀によって第二建物の経済的価値は相当程度減少を免れないこと(同増築部分の存在によって第二建物は直接川越街道に面するようになるものであり、これがないと、店舗としての効用が著しく減ずるであろうことは、前掲各鑑定の結果および弁論の全趣旨に照らし、容易に理解できる)しかも、右増築部分の存続を原告も、けっきょく許容したことを考慮すれば、この部分を含めた一箇の不動産である第二建物全部につき、被告会社は原告にその買取を請求できるものと解して妨げない(なお第二建物が被告会社の所有であることは、原告も主位的請求原因の主張として認めるところである。)。

4、そこで第二、第三建物の買取価格について判断する。

(1)  まず建物自体の建築費についてみるに、昭和四〇年四月二四日の買取請求の時点における評価額は、鑑定人村島穣、同加藤敬一の各鑑定結果を総合すると、第二建物は金九二、〇〇〇円、第三建物は金二五〇、〇〇〇円と認定するのが妥当であり、これを左右するに足る証拠はない(なお右各鑑定の結果は、いずれも昭和四〇年六月一五日を基準時点として評価額を算出しているが、この基準時の差異は右評価にとくに差異を生ぜしめる程のものではない。)。

(2)  ところで建物の買取価格の決定にあたっては、その敷地の借地権の価格をそのまま加算すべきでないことは、性算上当然のことであるが、当該建物の存在する場所的環境は建物の時価に当然反映するものであるから、いわゆる場所的利益はこれを参酌すべきものである。

もっとも、原告は、建物所有者には敷地の占有権原がないから、当該敷地の位置する場所に附着した取引上の有利な要素はすべて敷地の所有権の価格に吸収されるべき筋合のものであり、これを場所的利益として建物の買取代金に含ましめ、地主の負担とすることは背理であると争う。

しかし、借地法一〇条の建物の時価とは、当該土地上に存在する建物の建物としての市場価値すなわち取引価格を言うものであり、この意味での建物の取引価格の形成には、それが存在する場所的環境や建物の用途などの因子が重要な関りを持ってくることは公知の事実である。けだし動産とは異り、建物の取引にあっては、それが移築、取毀等を目的とする特別な場合を除き、通常は特定の土地の上に存在することによってはじめて建物として取引の対象とされるものであり、場所的環境つまり敷地がその地域社会で占めるところの社会的、経済的価値と切り離しては、建物の取引価格は形成されていないからである。このことは、とくに当該建物が商店街に存在する店舗である場合などに顕著に現われることも周知のところである。そうであれば借地法一〇条の建物の時価を算定するに当って、その場所的環境が参酌されるのは当然であり、場所的利益というものは、土地の取引価格にも反映すると同時に不動産であるが故にまた建物の取引価格にも反映するものであって、原告の主張するように土地所有権にのみ吸収されるべき性質のものではない。

(3)  ところで建物の時価を形成している因子のうち場所的利益はその性質上、同時に敷地の地価にも反映しているものであるから、建物の場所的利益を参酌する指標として、この点をみるに、鑑定人加藤敬一、同村島穣の各鑑定結果を総合すると、

(イ) 第二、第三建物の近隣の環境は、都市計画上の住居地域に属し、表通りは小売店舗地区に指定され、裏通一帯は中流住宅地となっていて、東武鉄道池袋線の常盤台駅までは徒歩約一〇分、そのほか池袋方面へのバスの便も良いこと、

(ロ) 第二建物は、右小売店舗適地に所在し、川越街道およびこれと交叉する幅員一一メートルの公道に接するほぼ角地に等しい敷地上に存在し、短形、平家建の住宅向様式ではあるが、表側を小売店舗に使用できるようになっており、現に被告大野らが店舗として用いていること、

(ハ) 第三建物は、前示の中流住宅適地に所在し、右一一メートル公道に面し、短形、平家建の住宅で管理状況は良好であること、

(ニ) 第二建物の敷地(実測九四・〇一平方メートル、ただし本件(ハ)(2)土地を除く)は、建付地価格で、昭和四〇年六月一八日当時約五五七万円(三・三〇平方メートルにつき一九五、〇〇〇円前後)、第三建物の敷地(実測一九八・三四平方メートル)は同約七五〇万円(三・三〇平方メートルにつき一二五、〇〇〇円前後)であり、各建物の残存耐用年数に見合う各敷地の借地権の評価額は、前者が約一、〇七二、〇〇〇円、後者が約一、六六四、〇〇〇円程度であること

が認められ、これを覆えすだけの証拠はない。

(4)  右に認定したところを参酌すれば、前記(1)の各建物の建物自体の建築現価をも合わせて、本件買取請求における第二建物の空家としての時価は金四二〇、〇〇〇円、第三建物のそれは金七五〇、〇〇〇円と認めるのが妥当である。鑑定人加藤敬一の鑑定結果のうち場所的利益の評価に関する部分は借地権の価格そのものをもって場所的利益の価額とみる点で、借地法一〇条の建物の時価の算定として妥当性を欠き採用できず、鑑定人村島穣の鑑定結果中この点に関する部分(一律に地価の一五パーセントと評価する)もその合理的根拠を明らかにし得ないので、にわかに採用できない。他にこの点の判断を左右する証拠はない。

(5)  そして第二、第三建物について存在する前示の借家権(2参照)を勘案すると、第二建物の右空家価格を家主の投下資本とみた場合の適正家賃は鑑定人加藤敬一の鑑定結果により認められる敷地の賃料(地代)、建物の公租公課および適正利潤率((1)の建物自体の価格に対し八パーセント、場所的利益その他に対し六パーセント)に基づき計算すると、別紙計算書のとおり年額四二、三一一円となるから、前記2で認定された実際家賃(年額三六、〇〇〇円)との差額を、右鑑定結果により妥当なものと認められる利回りによって資本還元した金額を基準として、右借家権の価格として控除すべき金額は金八〇、〇〇〇円と認定するのが相当である。したがって第二建物の買取代金額は金三四〇、〇〇〇円となることは計算上明らかなことである。

第三建物の借家権の価格の算定にあたって、右と同様に利回り還元法を用いることは、その実際家賃の決定が前記2で認定したように、必ずしも通常の取引によって形成された賃料と同等とは認め難い事情があるので、かえって妥当性を欠く嫌いがあり、ことに鑑定人加藤敬一の鑑定結果によれば、右の方法によるべきでないことがうかがわれる。そこで右鑑定結果中で用いられている評価方法によって、第三建物について被告勇次郎が有する借家権の価格は第二建物につき算定された空家価格に対する借家権価格の割合と同率と推定すべく、これを妨げるべき格別の事情は見出し得ない。これにより計算した金額は、別紙計算書(二)のとおりであるから、この数額を基準にして、第三建物の借家権価格として控除すべき金額は金一四三、〇〇〇円と認めるのが相当である。したがって第三建物の買取代金額は金六〇七、〇〇〇円となることは計算上明らかである。

(二)  次に第四建物の買取請求について判断する。

1、被告井口についても第四建物の敷地の転借の承諾その他原告に対抗できる占有権原の存在を認め難いところ、第四建物は本件(イ)(1)土地等の賃借人であった金子三次郎が当時、建築所有し、その子である金子五郎に贈与し、同訴外人から昭和二五年二月二六日被告井口が買受けたものであることは、原告の明に争わないところである。してみると、右土地の賃借権は金子三次郎から被告勇次郎へ相続により承継されたことは前示のとおりであるから、被告井口の前主である金子五郎は原告に対する関係でその敷地の無断転借人に該ると解されるにしても同訴外人のみならず被告井口にも借地法一〇条に基づく買取請求権を肯定すべきものであるから昭和四〇年六月五日なした買取請求に基づく抗弁は理由がある。

2、そこで第四建物の時価について検討する。

(1) 鑑定人村島穣、同加藤敬一の各鑑定結果を総合すると第四建物の復成式評価法による買取請求時の建築費の評価額は金一四〇、〇〇〇円と認めるのが妥当であり、これを覆えすだけの証拠はない。

(2) そして右にあげた各鑑定結果を総合すると、第四建物は第二建物の東側に接して存在し、近隣の環境、交通の便は、第二、第三建物と全く同様であり川越街道に面する長方形の平家建居宅でその敷地(五四・五〇平方メートル)の建付地価格は、右基準時で約二九〇万円(三・三〇平方メートルにつき約一七五、〇〇〇円)、右建物の残存耐用年数に見合う右敷地の借地権価格は約九二万円であることが認められる。

(3) 以上の諸事実を勘案すれば場所的利益も参酌して第四建物の買取価格は金四一六、〇〇〇円と認めるのが妥当であり、これを左右するに足る証拠はない。したがって、被告井口は右金員の支払を受けるのと引換に、原告に対し、第四建物を明渡すべき義務を負うものである。

(三)  第五建物について被告きみの買取請求につき判断する。

前記一(二)、四(一)で認定したとおり、本件(ロ)土地の賃借人は被告勇次郎であるところ、第五建物は同被告および被告きみ両名の母親が、その一存で建築、所有し、のちこれを被告きみに贈与したものであるが、原告は、その敷地である本件(ロ)土地を被告勇次郎がその母に第五建物所有の目的で転貸することまでは、けっきょく黙示的にではあるが承諾を与えたけれども、同建物の贈与に伴う本件(ロ)土地の転借権の被告きみへの譲渡については承諾の事実を認めることができず、また被告きみの背信的な転貸に該らない旨の抗弁もこれを容れることができない。

被告きみは右土地の転借権の譲受を対抗できない場合は、借地法一〇条に基づき第五建物の買取を請求すると主張するけれども同条の買取請求権が成立するためには賃借権者が権原に因り土地に所有(附属)せしめたる建物等でなければならないところ、第五建物の所有者であった被告きみの母が有していた本件(ロ)土地の使用権原が無償の使用借主としてのそれではなく、賃借権(転賃貸借)であることについては被告らのなんら主張、立証しないところである(かえって前記一(二)のとおり被告勇次郎と母との間の右敷地の転貸借関係は使用貸借とみられる)。してみると、借地法一〇条にいう「借地権者」に適法な転賃借権者が含まれるか否かについて判断するまでもなく、被告きみには同条に規定する買取請求権が生じる余地はないものであり、右抗弁は採用できない。

六、本件(イ)(2)土地、(ロ)(2)土地の明渡請求について

(一)  被告井口が本件(イ)(2)土地上に花きを植栽し花壇を設けてこれを占有していることは当事者間に争いがない。被告らは被告井口と原告との間で昭和三〇年ごろ右(イ)(2)土地について使用貸借契約が成立したもののように主張するけれども、これを認めるに足る証拠はない。すなわち≪証拠省略≫に照らせば、同被告は本件(イ)(2)土地上に花きを植栽し同土地を使用していることは認めるにもかかわらず、これを「占有」しているとの意識は明確ではなく、むしろ占有を否定するかのごとき供述すらうかがわれる。してみると、被告井口が本件(イ)(2)土地に花きを植栽して同地を使用していることを原告が全く知らないで本訴提起の頃まで経過したとは考えられないけれども、その使用の態様を考慮に入れると原告が敢えて被告井口の使用を排除する措置をとらなかったからといって、未だ直ちに当事者を権利義務の形式で拘束するだけの使用貸借契約関係が、明示にはもとより黙示的にもせよ成立したものとは認められない。他に被告らの主張にそう証拠はない。

したがって被告井口は正当な権原なく占拠するものとして、本件(イ)(2)土地を、同土地上に存在する花壇を撤去して、原告に明渡すべき義務を負うものといわなければならない。

(二)  原告は本件(ハ)(2)土地について、被告会社、被告清太郎、同春子の三名が第二建物の増築部分を所有して同土地を占有していることを理由に、第一次的に土地所有権に基づき、第二次的に使用貸借の終了を理由に、右増築部分を収去して同土地の明渡を請求する。

1、第二建物の増築部分が本件(ハ)(2)土地上に存在していることは当事者間に争いがなく、同部分を含む第二建物全部が被告会社の所有であり、被告清太郎、同春子が右建物に居住している経緯は前記二(一)、五(一)3で認定したとおりである。そうすると本件(ハ)(2)土地上の増築部分も含めて第二建物の全部は、前示のとおり被告会社の買取請求に因って原告の所有となったものであり、被告清太郎同春子は当初から、被告会社も昭和四二年四月二四日(買取請求権行使の日)以降、その所有者ではないから、原告の土地の所有権に基づく増築部分の収去、土地明渡請求はけっきょく理由がないことに帰する。なお右請求の中に、建物増築部分の明渡(退去)の各請求が含まれていると解してみても、増築部分を含めた第二建物全部について、被告会社は買取請求権の行使に基づく同時履行の抗弁権をもって、被告春子したがってその配偶者である被告清太郎も同建物の賃借権をもって、それぞれ原告に対抗できること前記五(一)で説示したとおりであるから、やはり理由がないことに帰する。

2、次に使用貸借契約の存否について判断すると、前記五(一)3で認定したところによれば原告と被告清太郎との間に本件(ハ)(2)土地の使用貸借契約が昭和三〇年六月ごろ成立したものと認めるのが相当である。しかしその余の被告ら、すなわち被告会社および被告春子と原告との間で右土地の使用貸借契約が成立したとの事実は原告ならびに被告らの全立証によってもこれを認めることができない。したがって、被告会社および被告春子に対する使用貸借終了を原因とする原告の本件(ハ)(2)土地の返還請求は、その余の点につき判断するまでもなくいずれも失当である。

3、原告が昭和四二年三月二八日口頭弁論期日において被告清太郎に対し同被告との間の右土地使用貸借契約を告知(解約)する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであり、同使用貸借契約成立の経緯が前記五(一)3で認定したように、被告清太郎の不法占拠に端を発した紛争の解決として、いわば原告の恩恵による使用の許諾であって、むしろ明渡の猶予に近いものであり、被告清太郎においても原告から要求があれば直ちに明渡すべき旨を確約している事実を考慮すれば、本件使用貸借契約は右告知によって即時に終了したものと認めるのが相当である。

してみると被告清太郎は借主として使用貸借契約の終了に伴い本件(ハ)(2)土地を原告に返還すべき義務を負うことは明らかであるが、本件(ハ)(2)土地上の第二建物の増築部分(前記五(一)3)は第二建物と附合しており、被告会社の買取請求権の行使に因って原告の所有に帰したことはすでに説示したとおりであるから、被告清太郎にその収去義務を認めることはできず、また、右建物の増築部分以外に他になんらかの工作物が存在し、かつそれが被告清太郎の所有であることについてはなんらの立証もない。そうすると、本件(ハ)2土地は、その地上の第二建物が原告の所有に帰したことによって、以後、原告がこれを占有しているものと認められるから、被告清太郎は、いわゆる簡易の引渡をなすことによってその返還債務を履行すれば足りるものと解すべきである。原告の被告清太郎に対する本件(ハ)(2)土地明渡のその余の請求は失当である。(なお被告春子の第二建物賃借権に基づく敷地の利用権能が右返還によって左右されるものでないことは勿論である。)

七、金員の請求について

(一)  賃料

原告と被告勇次郎との間に本件(イ)(1)、(ロ)、(ハ)(1)土地を目的とした賃貸借契約が存在し、昭和三六年六月一日当時の賃料が月額金一、六七〇円であることは当事者間に争いがない事実であるところ、被告らには他に格別の主張もない。したがって、原告の被告勇次郎に対する昭和三六年六月一日から右契約解除の日である昭和三七年一〇月三一日まで一ヶ月金一、六七〇円の割合による一七箇月分の賃料請求は正当であり、その合計額が金二八、三九〇円であることは計算上明らかである。

(二)  損害金等

1、原告と被告勇次郎との間の本件(イ)(1)、(ロ)、(ハ)(1)土地を目的とした賃貸借契約が昭和三七年一〇月三一日解除されたことはすでに判断したとおりである(前記一ないし四)。

しかるに、被告会社は本件(ハ)(1)土地および同(ハ)(2)土地上にかけて第二、第三建物を所有して、被告井口が本件(イ)(1)土地上に第四建物を所有し、同(イ)(2)土地上に花壇を設置して、被告きみは本件(ロ)土地上に第五建物を所有して、それぞれ当該土地を占拠していることは当事者間に争いがない事実であるから、右被告らはそれぞれ昭和三七年一一月一日以降、原告の土地所有権行使を妨げたことに因る賃料相当の損害賠償義務があることは明らかである。ところで被告会社は昭和四〇年四月二四日、被告井口は同年六月一五日それぞれ建物の買取請求をなしたことにより、各建物の所有権を失ったこと前示五のとおりであるから、被告会社の本件(ハ)(1)(2)土地の不法占拠、被告井口の本件(イ)(1)土地の不法占拠の状態は、右各買取請求の時をもって終了したことになるけれども、右被告らは各建物について同時履行の抗弁権を行使して、これを占有しその敷地に相当する本件(イ)(1)、(ハ)(1)(2)土地を占有しているものであるから、各土地の賃料相当額を不当に利得していることになる。したがって特段の事由につき主張、立証のない本件では、右被告らはそれぞれ原告に対して同利得を返還すべき義務を負うものである。(原告の右土地の賃料相当額の損害賠償請求には、被告らの買取請求が有効な場合は、同額を不当利得返還として請求する趣旨を含むものと解される。)

2、そうすると、昭和三七年一一月一日当時の本件各土地の相当賃料額が三、三〇平方メートル(坪)当り一ヶ月金一五円であることは当事者間に争いがないところであるから、各土地の相当賃料額は別紙相当賃料計算書のとおり算出されるが、原告は被告会社に対しては本件(ハ)(1)、(2)土地全体について一ヶ月金一、三五〇円の割合で請求しているから、これを鑑定人村島穣の鑑定結果によって認められる第二建物敷地と第三建物敷地の面積比に応じて按分すると、同計算書記載のとおり、第二建物敷地分は一ヶ月金四六九円五六銭、第三建物敷地分は一ヶ月金八八〇円四三銭となる計算である。したがって原告の被告会社に対する請求は、第二、第三建物の引渡済みまで右各金員を損害賠償および不当利得返還として支払を求める限度で理由がある。

3、また原告は被告井口に対し、本件(イ)(1)(2)土地全部につき一ヶ月金三〇〇円の支払を求めるものであるから、これを本件(イ)(1)土地(第四建物敷地)と同(イ)(2)土地に按分した金額は右計算書のとおり、金二四〇円五〇銭および金五九円四九銭となること計算上明らかである。したがって原告の被告井口に対する請求は本件(イ)(1)土地につき第四建物の引渡済みまで一ヶ月金二四〇円五〇銭の損害賠償および不当利得返還請求、本件(イ)(2)土地の明渡済みまで一ヶ月金五九円四九銭の割合による損害賠償請求の限度で理由がある。

4、さらに原告の被告きみに対する損害賠償請求は、本件(ロ)土地相当賃料額が前示計算書のとおり一ヶ月金九七円五〇銭であるから、第五建物収去、土地明渡済みまで一ヶ月金九七円五〇銭の支払を求める限度で理由があり、その余の請求は失当である。

八、結論

以上のとおり判断されるから、原告の建物収去、土地明渡請求は、第五建物の所有者である被告きみに対する部分については正当であるが、その余の被告らに対する部分は買取請求権行使の結果、けっきょく失当となるけれども、同各請求には、買取請求が理由あるときは当該建物の引渡を請求する趣旨を包含しているものであるから、被告井口は第四建物をその買取代金の支払を受けるのと引換に、被告会社は第二、第三建物をその各買取代金の支払を受けるのと引換に、それぞれ原告に引渡すべき義務を負うものである。

ただし、前示認定のとおり、被告会社が買取請求をなした第二建物は被告大野春子が賃借権を有し、第三建物は被告金子勇次郎が賃借権を有し、それぞれ直接占有しているものであるから、被告会社の原告に対する引渡義務の履行は、いわゆる指図による占有移転の方法に拠るべきものである。したがって、被告会社は原告に対し、金三四〇、〇〇〇円の支払を受けるのと引換に第二建物の占有権を原告に譲渡する旨の意思表示をなし、かつ被告大野春子、同大野清太郎に対し、以後は原告のため同建物を占有すべき旨を通知し、また金六〇七、〇〇〇円の支払を受けるのと引換に第三建物の占有権を原告に譲渡する旨の意思表示をなし、かつ被告金子勇次郎に対し、以後は原告のため同建物を占有すべき旨を通知する義務がある。(ここでいう占有権譲渡の意思表示を、実質的には返還請求権譲渡の合意と解して、主文にもその旨を明示する立場もある。しかし、本権に基づく返還請求権が存在するからといって当然に占有代理関係が第三者との間に成立するものでないことは、たとえば詐取、窃取の例を考えれば明らかなところである。占有代理関係は、代理人が本人のために物を所持する意思が推断される事実状態((事実関係))が存在することによって成立するものであり、このような事実関係によって本人の物に対する事実上の支配が首肯される外観的状態にほかならない。そして、民法一八四条の「承諾」とは、このような占有代理関係における本人の地位すなわち占有権((間接占有))の移転の合意にほかならない。この占有代理関係における本人の地位をば、本権に基づく返還請求権とは区別したうえでなお返還請求権と呼ぶかどうかは、もはや用語の問題にすぎないけれども、ドイツ民法とはその規定の表現を必ずしも同じにしない民法一八四条の適用の上で、あえて本権的返還請求権と紛らわしい呼称を用いるまでもないと考えられるので、前示のとおりの主文によることとする。)

原告の建物退去、土地明渡請求は、被告勇次郎に対し第五建物から退去して本件(ロ)土地の明渡を求める部分のみ正当として認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

原告の被告井口に対する本件(イ)(2)土地明渡請求は、同土地所有権に基づく主位的請求を正当として認容し、被告清太郎に対する本件(ハ)(2)土地明渡請求は、使用貸借終了を原因とする予備的請求を認容し、主位的請求を棄却し、原告の被告会社、同春子に対する本件(ハ)(2)土地明渡請求はすべて失当として棄却すべきものである。原告の金員請求は前記七(一)、(二)のとおり、被告勇次郎に対する賃料請求は全部認容し、その余すなわち被告会社、同井口、同きみに対する請求は七(二)説示の限度で認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

よって、被告勇次郎に対する賃料請求の認容部分に限り仮執行宣言を附し、その余の部分にはこれを附さないこととし、民事訴訟法九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本和敏)

<以下省略>

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